下僕:閣下、最近ちょっと涼しくなって夜は楽になりましたねぇ。
まめ閣下:そうかね? 予はまだ床上で一日の大半を送っておるが。
下僕:猫は家のなかでその時一番快適な場所を渡り歩くっていいますけど、そういえば閣下はあんまり移動しませんねぇ。床の上がそんなに快適ですか?
まめ閣下:うぉっほん、我が屋敷の床は数年前に「リフォームの爆発」ともいうべき大リフォームを完工したおかげで床材は最高だからな。
下僕:なにをそんな自慢げに。元をただせば猫族のおふたりが狼藉の限りを尽くして破壊行為に至ったがゆえのやむなき選択、おかげでヒト族は30年ローンを抱え込むという悲哀をなめておりますよ。
まめ閣下:猫族とひとくくりにするでない。破壊行為のほとんどは、あとからやってきた小娘(当時)の仕業ではないか。あいつも今や立派な中年のおばはんになって、ずいぶん落ち着きはしたが、あれの暴れっぷりというのはちとどうにかしてるんではないか。
下僕:そんなことわたくしにおっしゃらないで、閣下からなんとか言ってやってくださいよ。この家の主でいらっしゃるんですから。
まめ閣下:あ、あれについては予の権威の域外、治外法権であるからなぁ。まあ、うまいことやってくれたまひ。
下僕:なんだかんだって、面倒なことは全部わたくしに押しつけるんですから、もう。
まめ閣下:あー、そんなことより、ほら、なんか話することがあるんじゃないのかにゃ。本題、本題。
下僕:もう、まったく形勢を読むことにかけては超一流でいらっしゃいますね。はいはい、このお話をまだいたしていなかったので、一応閣下にもご報告しておかなくては、と。
まめ閣下:なんだか妙に投げやりではないか。それにちょっと報告までに日が開いたような。
下僕:まあいろいろ忙しかったんですよ。あといまひとつモチベーションが上がらなかったっていうのも正直なところで。なんというか、自分のなかで強く高揚するものがなかったというのかな、それが何に起因するものかよく考えてから話したほうがいいんじゃないかと思ったりしましてね。でもまあ、ご存知のようにわたくし、頭の出来がちょっとアレで考えるのに時間がかかるうえ、やはり書くことによってしか考えられないという愚なる性質を持っていますゆえ、こうして閣下と話しながら考えをまとめていこうかなって思いましてん。
まめ閣下:そもそもなんでこのイベントに行こうと思ったのかにゃ? 高樹さんとか島田さんとか、諸君は熱心な読者だったかね?
下僕:はぁ、恥ずかしながらそうでもないんですよね。高樹さんのお名前はもちろんよく知ってますし芥川賞の選評は何度も拝読しておりましたが、著作はたぶん一冊も読んでないです。島田さんのほうは某教室の課題で何作か読みましたが、自ら好んで手に取るということは今まで無かった気がします。でもウェブで連載している酒場エッセイとかは好んで読んでますよ。なんたって見た目が麗しくて、サファリとかのファッション誌なんかに出てきそうなミスター・ダンディですから、お姿拝見するだけでも眼福かと。
まめ閣下:そういや、前橋まで行ったんではなかったか。
下僕:ああ、そうそう、「朔太郎忌・猫町観光案内」でございますね。あのときもやはりくるぶしが見えるショート丈のタイトなボトムスにやはりアンクル丈のショートソックスというスタイリッシュないでたちで。この夜もやはりそういう感じでね。
まめ閣下:おまえのその服装ウォッチング、康さんに限ったことではないのか。ちと病気ではないのかね?
下僕:ははは、誰に対しても、というわけではないんでございますがね。
まめ閣下:まあ、よい。話がちっとも先に進まんではないか。
下僕:はい、まあ今回はお二人とも芥川賞の選考委員だったというのもありその裏話的なものも話すというようなことでしたので下世話な興味もありまして。あと場所が神楽坂ですから遊びに行くだけでも楽しいですし、ラカグは一度閉店したと聞いてましたが、また復活したのか、という驚きもありまして。
まめ閣下:まぁ、もともとの動機がそういう感じであったわけだから、結果は推して知るべしではないのかにゃ。
下僕:はぁ、そう言われてしまうとね、その通りなんでございますがね。
まめ閣下:でもなんかしら心に残った話もあるんではないかね。
下僕:はい。最初お二人が登場されて、すぐに何の前振りもなく島田さんがいきなり高樹さんの著書の話を始めたんですよ。それがイベントのタイトルにも入っている「格闘」という新刊の話だというのを理解するのにわたくしちょっと時間がかかりました。
まめ閣下:それはたんに諸君の勉強不足、愚のしるしであるぞ。
下僕:はい、まことその通りでごじゃいまする。知らぬはわたくしのみで、タイトルよーく読めばその新刊イベントであるのは明らかなわけですから、その著作の話が中心になるのは当たり前で、他の人たちはみんなそれが聞きたくて来てたんですね。あー、驚いた。
まめ閣下:お前、ほんっとに阿呆じゃな。
下僕:きっとその本を読んでいればいろいろ面白いお話ではあったと思うんですが、なにせ他の著作も読んでいないので・・・なんとも。最後に質疑応答の時間があって、新刊について「です・ます調とだ・である調の混在にやや戸惑ったのだけれど」というような質問が出てきて、なるほどわたくしが普段読んでいる小説とはまったく違うジャンルの読者が対象なんであるなと実感いたしました。
まめ閣下:きっとその人は発売になったばかりの作品を読んで臨んでいるくらいだから、高樹作品の熱心なファンなんだろうにゃ。
下僕:そうでしょうねえ。あと、島田さんもつい先日新刊を出されたばかりでして、やはりその話題にもなりました。こちらは、島田さん初の私小説というので若干興味がありましたんですが。
まめ閣下:またその下卑た好奇心か。
下僕:まぁ、そのへんはいいじゃあありませんか。その話の流れのなかではいくつかこころに残ったものがあるんですよ。私小説であるらしいけれど、「君」という二人称で語られていくのはなんで? と高樹さんが質問され、これに対し島田さんが「小説というのは常に内省することで書かれるもの。私小説であればそれは過去の自己批評であり、あの頃のお前はバカだったなと客観視しながら書くものだから」と言ってました。これは実感としてよくわかります。そして、「文学というのは、書くにしても読むにしてもつねに内省するという作業によって成り立つ。若いうちにこの文学的経験、知性を身につけておくことが大事で、その後の人生をまともに生きられる力を養う。今の政治家にはこの経験のない人たちが多いんじゃないか」というような話をされていて、これは強く心に残りましたね。島田さんは現政権に対して批判的なツィートもよくされているので。
もう少し下世話な話になると、どうもこの私小説では女性遍歴的なものがたくさん語られているらしいんです。高樹さんがそのあたりを突っ込んでおりまして、「とにかく女と別れるときの別れ方がいかん」というような感じで。要はちょっとええかっこしいすぎるんじゃないか、と言っているようにわたくしには聞こえたんですが、それに対して島田さんが「男っていうのは別れを引きずるもの。つまり未練。しかし未練っていうのは甘くていいもんですよ。それを味わう自由があったっていいじゃないですか。それがやがて妄想につながり、ひょっとしたら小説になるかもしれないわけだし」って言って、ああ、いかにも男々(めめ)しいぞって笑っちゃいました。そして、それを臆面もなく言ってしまう島田さんだからこそ愛されるという部分もあるのでしょう。なんていうのかな、典型的な昔の「色男」っぽい印象を受けました。
まめ閣下:なるほど、「男々しい」と書いて「めめしい」と読むんだにゃ。「男が女々しい」って言葉が矛盾しておるが、実際は男のほうがそういう性質をもっていることが多いからにゃ。
下僕:さいでございます。玉名市、いえ、性別を超越した閣下には無縁の言葉ですがね。
まめ閣下:うぉっほん。芥川賞選考裏話ってのはどうだったんだ?
下僕:なんだ、閣下もけっこう下世話なんじゃないですか。そちらはもうあんまり時間も残っていなくて、きっとお酒でも入って夜通ししゃべるんならもっと面白い話も聞けたのかもしれないですけれど、慎太郎氏が反論に弱い、いかに「男々しい」か、なんて話はまぁみんな知ってるわけですからね。その慎太郎氏なきあとにヒール役を受け持っているのが村上龍氏というのはちょっといいネタではありましたが。島田さんから見た選考委員としての高樹さんは、その無礼なふるまいをする爺をたしなめる役回り、と。こういうのも、まあ選評読んでいるとなんとなくわかりますけどね。
まめ閣下:そういえば高樹さんはこの前の回で選考委員を卒業されたんだったな。
下僕:はい。イベントで配布された資料によると、126回(2001年)から161回(2019年)まで選考委員を務めていらして、その間の受賞作41作のリストを見たら、わたくしも読んでいる作品が30作ありました。まぁ好んで読んでいたというよりは、課題だったから読まざるを得なかったというのが多いですけれどね。
まめ閣下:けっこう読んでおるではないか。そのなかで強く印象に残っている10冊を選ぶとなると?
下僕:10冊ですかー。難しいな。じゃ、記憶に新しい順に。
・「おらおらでひとりいぐも」若竹千佐子
・「死んでいないもの」滝口悠生
・「火花」又吉直樹
・「春の庭」柴崎友香
・「爪と目」藤野可織
・「共喰い」田中慎弥
・「きことわ」朝吹真理子
・「乳と卵」川上未映子
・「アサッテの人」諏訪哲史
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まめ閣下:おいおい、すでに10作超えとるじゃにゃいか。
下僕:あー、いやいや、全部捨てがたい。こうやってリストみると全部ちゃんと思い出せるってことは、印象に残ってるってことですよね。なので、10作って言うのは無理。
しかたないから、神楽坂で飲んだビールでも貼っときます。イベント前に一杯だけのつもりだったんですが、たのんだおつまみが出てくるのに時間がかかったもんだから、ついつい2杯目も頼んじゃったんですよー。おかげで時間がぎりぎりになって途中で大雨も降り出すし、イベント開始直前になんとか滑り込みましたよ。
まめ閣下:ほんとに、にゃにをやってるんだ、にゃにを。ところで、今回は下僕的には何がちょっと物足りなかったのか、わかったのかにゃ?
下僕:そうですねー。もう少し広義な、あるいは特化したところの、文学や創作について深く向き合う話が聞きたかった、っていうのがあるかもしれません。おそらく今回のイベントはお二人の個々の作品や、作家その人への思い入れがあれば、十分楽しいものだったんじゃないかな。
まめ閣下:それは諸君が、最初にちゃんと看板に書かれたメニューを見ずに店に入った客だったから仕方ないんじゃにゃいのかにゃ。
下僕:はい、まことにおっしゃる通りでごじゃりまする。