Rock'n'文学

猫ときどき小説書き

【読書会】2021年11月13日「大きな鳥にさらわれないよう」川上弘美

・生物学的に予見された未来はディストピアであるのか?
・SFと幻想ファンタジー、あるいは神話

・変わっていくもの、変わらないもの

・「書く人なら一度は嵌まる川上弘美

 

 

下僕:閣下、閣下、かっっかー!! 出てきてくださいよぉ。

まめ閣下:呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。

下僕:あれ、ほんとに出た。

まめ閣下:出たってなんじゃ。貴君が呼んだんであろう。

下僕:だって閣下、余はイデアであるからいつでもおるし呼んだって出てこないとか、この前言ってませんでした?

まめ閣下:まあ今日は出たかったんだ、たまたま。

下僕:ふうん、どうせだったらいつでも出ずっぱりでいていただきたいもんですが。

まめ閣下:まあそういうわけにもいかぬ。イデアだからな。

下僕:じゃ、またすぐ消えちゃうんですね。

まめ閣下:うむ。だからほら、さっさと用件を言え。

下僕:はい、昨日は例の読書会ってやつでね。この本を取り上げました~。メンバーのなかに川上弘美さんのファンがわたくしを含めて何人かおりまして。そのうちのおひとりSさんなどは「書く人なら一度は嵌まる作家」などとおっしゃって。またある方はその文体を「はらわたを撫でるようなぬるりとした文体、くせになる」と。本当に、独特の文体とまたそこに描かれる現と異界を自由に行き来するような世界が魅力的です。

まめ閣下:人気の作家さんだよにゃ。

下僕:はい。この本は、短編の連作でひとつの物語になっておるのですが、課題図書になったときわたくしはそれを知らずに5番目の物語である表題作から読み始めてしまったんですよ。

まめ閣下:あぁ、またしても愚・・・

下僕:でもね、案外それも悪くなかった。っていうのは、最後まで読んで最初にもどって読み飛ばした4作を読んでいったらね、作品世界はどうもそれで時系列があってるっぽいってわかったんです。

まめ閣下:それってオノレの間違いをただ正当化してるだけなんじゃね?

下僕:う、そうかもしれませんが。でも順番に読んでいった人たちは、最後まで読んでやっぱり最初からもう一度読み直したくなったって言ってましたから、わたくし偶然ながらじつは最短の効率の良い読み方をしたんじゃないか、やりぃって思っちゃいましたよ。

まめ閣下:だーかーら、貴君は愚だというんじゃ。そういう最短距離、効率とかいう考え方が文学においては一番いかんって話をもうずっとずっとしているような気がするぞ。もう。

下僕:あい、そうでございました。でもその間違いのおかげで、最初の4つの物語が、最後の作品で滅びゆく最後の人間の一人エリが作り出した「人間もどき」が新しく作り出した世界で起きてることなんだなってすっと理解できたんですよ。なもんでわたくしは、書かれた順番もまず表題作があって、最初の4作は後から書かれたもので、一冊にまとめる際に構成的に最初にもってきたのかななんて推測しておったのですが、実は書かれた順番に収録されてるというのを知っておどろきました。

まめ閣下:ほう。

下僕:最初の「形見」という作品は、「変愛小説集日本作家編」というアンソロジーのために書かれたものだったようです。「形見」は今回参加者のみなさまからも非常に評価が高かった作品で、それだけでひとつの世界を作り上げているんですけれど、じつは大きな物語の始まりにすぎなかった。14作品、語り手も違うしトータルで数千年に及ぶ話なんでその世界の様相も違う。だけど読めばそれは続いている話だとすぐにわかる。それぞれの時期とか因果関係はほとんど明示されていないのですが、ミニマムに書いて想像させる、それで正確に伝わる、という。そこから語られていく物語の広大さ、それは「形見」を書いた時点でばっちり設計されていたというから本当に驚きです。「みずうみ」→「漂白」、「愛」→「変化」というふうに明らかな繋がりがわかる作品もなかにはありますが、でもそれは決して説明ではなく、別の視点から語られる物語として提示されてます。わたくしは表題作を読んだとき、これは今の世界よりちょっと先の未来を描いたSFだと感じたので、カズオイシグロの「わたしを離さないで」を連想したりしたんですが、その先を読んでいくとあれ、SFじゃないのかな。幻想ファンタジー的なもの? それとも新しい神話なのかな、という感じでちょっと印象が揺らいでいく。でも最後から2番目の「運命」という作品で、ああこれはSFなんだな、というのが決定的になる。そこでは「どうしてこういう世界ができたのか」ということがAIによって語られているんです。これについてはわたしはちょっとここまで説明しないほうがいいんじゃないのかな、という印象を受けました。説明がないほうが文学的に楽しめる気がして。でもこれがないとSFにはならないのかな。表題作の次の「Remember」という作品で物語設定のさわりが出てくるんですが、そういう感じで最後まであんまりはっきりさせなくてよかったんじゃないのかなぁ、という感じがあります。

まめ閣下:ふうん。そりゃ好みの問題という気もするにゃ。だいたい諸君の集まりっていうのは頭がブンガクに偏りすぎておるのではないのか。

下僕:はは、たしかに。理系じゃないですな。そして川上さんは生物学を学ばれた方らしいです。まあそういう視点で言うなら、この物語で書かれていることは生物学的にはとくに新しい話というわけじゃなく、ある方によればIPCCレポート第4次でほぼ警告されていたようで。人類が滅亡していくという、ある意味ではディストピア小説でもあるんですが、その筆には悲壮感はなくむしろドライな感じがあります。起こるべくして起こってしまうことというか、なんていうんだろう、科学者の、事実を事実として見るみたいな、そういう感じがあるんです。でもそういうフラットな視線からはどうしてもはみ出る存在として人間が描かれている。どんなに環境が変化しても人間というのは愛することも憎むことも争うこともやめられない変な生き物で、そのために自分たちを滅ぼしてしまう。この物語のなかではAIは人間と対立する存在ではなく人類を支えるものとして作り出されて人類の滅亡をなるべく遅くしよう、なんとかして存続させようとするある意味「愛に似たもの」をもって人類の最後までよりそう存在として描かれてるですよね。「AIがんばったじゃん!」と褒めている方がいて、ほんとにそうだなと思いました。

まめ閣下:ほほう。

下僕:ああ、そうだ。その方が「ひょっとしてこれは人工知能のための神話なんじゃないかと思った」と言うのを聞いて、あ、そうかも、って思いました。人類が滅びた後に残ったAIたちのための神話。しかしAIたちも人類がいなくなればやがて滅んでいくので、ひょっとすると冒頭の「人間もどき」たちの新しい世界のなかで語られていく神話なのかもしれないって、後になって思いました。「むかしむかし、この世界には人間というものがいて・・・」みたいな。それが表題作以降。

まめ閣下:たしかに、それはおもしろいな。

下僕:それと、物語のなかで人類を救うものとして「突然変異個体」が出てくるわけですが、これも生物学的には、多様性を失った社会は滅びるし、その多様性とは突然変異によってしか生まれないということが言われているらしいです。異なる遺伝子、より遠い遺伝子を取り込むために旅人と生殖するとか、物語で書かれていることもまあそんなに突飛な発想ではなくて、常識なのかな。現実にもそうやって生命を繋いできた種族もいるようですし。

まめ閣下:そりゃ猫だって同じだにゃ。

下僕:あと長いスパンで見れば人類滅亡っていうのはもう必然って話ですね。生物学的にみたら、どんな生物もいずれは絶滅する。しかし日本なんかはもはや子どもが少なくなりすぎて、あと30年くらいで日本人は絶滅するんじゃないかって数になってるらしいですよ。こりゃもうすぐ近くにある未来の話ですよね、ってあれ? 閣下? 閣下?

あー、もういってしまったのかぁ。くすん。また来てくださいねぇ。